情けをかけてはいけない時を見極める-宋の王様の話

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人はみずから不利となる選択をします。
環境・状況にも左右されるのはもちろんですが、
やっかいなのはプライドに端を発した選択です。

とある王様のお話

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紀元前638年の中国。春秋時代の出来事です。

宋の国と楚の国が戦争を起こしました。
宋は周王朝につらなり権威があるけど小国です。
いっぽうの楚は権威では劣りますが兵力では勝っています。

正面からぶつかれば宋に勝ち目はありません。
策を立てるか、相手の隙を突くことくらいしか勝機がない情勢です。

開戦-泓水の戦い(おうすいのたたかい)

宋と楚の両軍が川をはさんで対峙していました。
接触するにはどちらかが川を渡らなければなりません。
でも、川を行軍中(渡河)の軍隊は不利とされるのが一般的です。
泥、岩などで不安定な足場。水流が強ければ溺死する者も出ます。
なにせ密集した集団です。向きを変えるのも一苦労。
全体の速度にあわせて勧めないと味方に倒され、踏みつけられます。
武具を身に付けている分、起き上がるのすら困難。

速度も落ち、まともな行動ができない中、矢を放たれてはたまりません。
そのような有様なので、うまく行軍できたとしても
隊列は乱れ応戦体制が解かれてしまいます。

さらに、渡り終わったとしても自軍は交戦する前に疲弊しています。
つまり、渡河する側は圧倒的に不利。
だからこそ通常は敵の目の前で渡河しようとはしないのです。

兵法でも敵が川の半分まで渡ったら攻めよとあります。
どちらも無駄な被害をださないためにも双方が膠着状態になる
展開です。「先に動いた方が負け」な状態だったのです。
先に動いたのは
優勢である兵力に任せたのか、兵力に劣る宋が動かないと判断したのか
分かりません。

対する宋にとっては大チャンス。
兵力に劣る宋が楚を打ち破る勝機が見えました。

常道どおりに敵の渡河中に攻撃を仕掛ければ勝利できるかもしれません。

しかし、宋の国の王様である襄公(じょうこう) は命令を発せず。
側近が催促しても首を縦に振らない。

そうこうしている間に楚軍は川を渡り終えてしまいます。
ですが、まだ隊列は整わず陣を構築中。まだ勝機は残されています。

側近がたまらず「攻撃するなら今でしょ」
と、進言しても襄公は進軍命令をださない。
楚が陣形を構築するのを待っているだけ。

結局、宋は負けてしまいました。

双方が陣形を保ったまま正面からぶつかれば兵力が劣る宋が
負けるのは当然です。

この出来事から生まれた言葉が「宋襄の仁」です。

敵に対する無用の情け、分不相応な情けのこと
泓水の戦い – Wikipedia

なぜ、攻撃をしなかったのか?

武より徳を持って治める君主がより上位とされる考えが存在した時代です。
でも、建前上は聖人君子を装いながらも武力によって国を守るのが
当然の時代でもありました。さらにはなんでもありの戦国時代へ向かう
道中。周王朝の力も失墜しています。

また、戦争においても「礼」をもってのぞむ気風があったと
されています。奇襲が卑怯とされていたほどです。

それゆえ襄公が進撃命令を発しなかったのかもしれません。
殷王朝に連なる系譜を持つ者として理想的な君主としてのふるまいを
体現したとも捉えられます。なので完全に悪とも言い切れません。
評価されている一面もあるのです。

しかし、時代の流れにそぐわない行動をしたのは確かです。
無駄に兵を死なせ、さらには自分も戦闘中に受けた矢傷が元で
2年後に死んでしまいます。

あなたも「宋襄の仁」をするかもしれない

兵法を知らない、身分不相応な事をしでかす王と
散々にけなされている宋襄。
けれどその行動は完全に悪とも言い切れず、
後の時代に評価されています。

「馬鹿だな~おれはこんな事はしないぞ~」
などと言っている方も 「宋襄の仁」をする可能性があります

例えば商品の仕入れ時。
相手は相場よりも高い卸値で売りつけようとします。
こちらはそんな余裕がないので断ろうとすると
「社長~そんなことは言わないでください頼みますよ~」
なんて言って泣きついてくる。息子が息子が、家族が~と
いかに苦しい思いをしているか訴えます。
そこでかわいそうだから言い値でいいよ、と応えてしまう。
あとあと、値下げの交渉材料にもできない場面でさえも。
もう立派な 「宋襄の仁」です。
情けのために分不相応な取引に応じたのですから。

上記の例は、人としては良い行いだけど、商売人としては甘い判断と
言えます。他人が困っているときに手を差し出す行為は尊敬できます。
しかし、それは利害関係がないときに限ったことです。
お互いに納得して契約を交わす場ではかえって不義理です。

おわりに

とくに押しに弱い元ひきこもりは「敵に対する無用の情け」を
してしまいがちです。自分の得にもならず、相手の利益となる
要求ばかり呑んでしまう。そうでしょう?僕はとてもよく分かります。

「宋襄の仁」をするのなら計算づくでしたいものです。

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